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高嶋仁監督 辞任 野村克也も一目置いたその理由は?智弁和歌山高校監督 [全国高校野球]

甲子園の名将がまた一人ユニホームを脱ぐことに・・

智弁和歌山高校高嶋仁監督が今夏限りで監督を辞任することがわかった。

体調面に限界を感じてることが理由と報道されている。

あの野村克也元監督からも絶賛されるほどの名監督の突如の辞任表明。

プロの監督すらリスペクトするその采配、理由について詳しく調べてみました。




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智弁和歌山の名将・高嶋仁監督の采配のすごさ


和歌山県の甲子園常連校の智弁和歌山。

その智弁和歌山高校を率いる高嶋仁監督は歴代最多の甲子園通算63勝を誇る。

甲子園では常にベンチ前で仁王立ちをする采配でも知られている。

敵チームを威嚇するような光景だが、その理由が実に面白い。

それは、93年夏、初めてベンチ前で立って采配を振るい勝ったことでそれ以来座れなくなったと話している。

名采配で知られる高嶋仁監督の意外な一面であった。

野村克也元監督から「あこがれの監督」と言わせた理由は、選手の育成方法にあると言われている。

各選手を多数のポジションを守れる「ユーティティプレイヤー」を育成だ。

その采配には「定位置」という概念はない。

複数のポジションで、捕球・トスなどの守備の動きを鍛えることで、連係プレーの精度を高めることが狙いのようだ。

各ポジションごとの体の動きを体得することで、守備範囲の幅や球際の見極めを向上させることも考えらる。

例えば、落合監督時代の中日でも実行している。

当時鉄壁の二遊間と言われた「荒木・井端コンビ」の突然のポジションチェンジがまさにその例だ。

落合元監督が、引退後のその理由を「マンネリしていて成長が止まっていたから」と語っている。

二人の選手は生真面目で誰よりも練習を怠らない。

しかし、そうした性格がかえって成長を妨げたことに気付いた落合監督の策であった。

常識を覆すその采配は、実は深いところで「理」を得ている。

そんな采配は、再生工場と言われた野村克也の育成術に精通するところがあったに違いない。





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辞任を決断した最後の試合


この日は、夏の甲子園1回戦だった。

対戦相手の津商業に9失点を献上し大敗。

自慢の守備がまさかの7失策。

誰もが信じられない光景だった。

そして、名将・高嶋仁監督率いる智弁和歌山が一回戦で甲子園を去った。

試合後のインタビューでも、「見ての通り。あれだけやったらどうにもならん。7失策なんて、こんなこと初めてです」と困惑した様子で語っている。

試合前は「今年は守りのチーム」と言うほど鍛え上げてきた。

和歌山大会では5試合で3失策と「鉄壁な守り」で勝ち上がっている。

しかし、甲子園に来たら人が変わったような守乱。

その理由を考察してみた。

報道によれば、今回の甲子園出場で辞任することをすでに決めていたという。

周囲はおろか、選手にも伝えていた。

そんな名将の最後の舞台と意識するあまり、過剰なプレッシャーを与えてしまったようである。

名将の最後のつまづきは、何気な発してしまった「本音」が最大の理由である。


高嶋仁監督にその理由を尋ねている。


「見てのとおりです。エラーをするチームをつくったのは監督です」と・・


敗軍の将は兵を語らず


そんな心境も、偉大な名将が甲子園から去ってしまうのは本当に残念である。



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