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元大関 貴ノ浪 死去 全盛期は貴乃花を破った土俵際の粘り腰が凄かった! [元大関 貴ノ浪訃報]

土俵際のようにはいかなかったのか・・

大相撲の元大関・貴ノ浪音羽山親方が20日午前、急性心不全で死去。

43歳で若すぎる死はあまりにもショックでならない。

貴ノ浪は94年初場所後に大関に昇進し、全盛期は96年初場所と97年九州場所には2度目の優勝を果たした。

ともに優勝決定戦で貴乃花を破っている。

そんな貴ノ浪のエピソードを振り返ってみました。



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貴乃花との2度の優勝決定戦!全盛期


貴ノ浪貴乃花と同じ二子山部屋(藤島部屋)。

1987年3月の春場所で初土俵を踏んだ。

長身を生かしたスケールの大きい相撲が特徴だ。

こんなエピソードがある。

春場所で初土俵を踏んでから1年後、三段目81枚目にまで出世した時のことだ。

二子山部屋へ入門してきたのが中学を卒業したばかりの貴乃花だった。

貴ノ浪は最初のけいこ相手を務めた。

しかし、土俵にはわされたのは自分の方だった。

兄弟子のプライドも、力士としての自信もボロボロにされた。

それが尾をひいていたのか、出世争いでも出遅れた。

そして若い力士に次々追い抜かれた。

そんな貴ノ浪が発奮材料にしていたのが、けいこ場に飾られていた優勝額だった。

そして大関に昇進した貴ノ浪は、96年初場所で横綱貴乃花を優勝決定戦で下し、涙の初優勝を飾った。

切瑳琢磨し土俵で死力を尽くしたライバルは、一つの絆で結ばれた瞬間でもあった。

引退時から年寄音羽山を名乗り、貴乃花部屋付きの親方として指導に当たっている。

また、協会の業務など外回りで多忙な貴乃花に代わって、部屋の稽古指導にあたることが多かったいう。

引退後も、貴乃花のよき理解者であった。


貴乃花に限らず、角界にとっても大きな存在を失った。



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貴ノ浪訃報についてのファンの声-twiter












早すぎる死にファンは驚きを隠せないようですね。

ほんと早すぎますよ。

御冥福をお祈り申し上げます。


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