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松中信彦 移籍先オファーなく引退か?あの事件が原因で他球団から声が掛からない? [スポーツ]

ソフトバンクホークスを昨季限りで退団した松中信彦選手。

年を明けても未だオファーがなく、移籍先が見つかっていないようです。

いよいよタイミリミットを近づき、このまま引退か?と噂されています。

2004年に、打率.358 44本塁打 120打点でトリプルスリーに輝いた選手であるが、

年齢的な衰えもあり、仕方がないのであろうか。

さらに、昨季は同球団か柳田選手がトリプルスリーに輝いている。

他球団から入団テストの声すら上がらないのは、やはり“あの事件”が原因なのであろうか?






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ホークス一筋の功労者が引退後にポストを用意しない理由は?


松中信彦選手は19年間ホークス一筋で活躍した功労者でもある。

全盛期は4番も務め、リーグ優勝、日本一に大いに貢献した球団の顔でした。

その松中選手ですが、コーチなどのポストを用意されず呆気になく退団をしたことに疑問の声

その裏には一体何があったのだろうか?

それは2013年のあの事件が原因と考えられる。

その年のセ・パ交流戦で優勝を決めるヤクルトとの大事に一戦で起こった。

この試合の5回までに6点リードとなり、ソフトバンクの押せ押せムードだった。

そんな試合であったため、「今日(の代打)はない」と言われた。

その後、両チームに得点が入り、8回までソフトバンクの4点差のリードだった。

しかし、急きょ8回に松中が代打を告げられることに。

結果は、中前打でこの回ダメ押しの3得点の起点となった。

この安打は松中自身、一軍復帰が初安打でもあった。

試合は、11-4でソフトバンクの圧勝。

見事に優勝が決まった。

ところが、この代打起用に松中選手の不満が爆発。

優勝セレモニーボイコットしたのである。

激怒した当時監督だった秋山は出場選手登録を抹消し、無期限の2軍調整を命じた。

松中は謝罪したものの、チームの勢いに水を差す事件となった。

交流戦では優勝を果たしたものの、その後はシーズン戦は失速。

この年はパ・リーグ4位でクライマックスシリーズの出場を逃している。

松中の身勝手な行動がシーズン最後まで尾を引いた結果となった。






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ちなみに松中選手が言い分は下記のとおりである。

「1打席1打席、打てなかったら引退という思いで1軍に上がってきて、たとえ10点差でもどんな場面でもいく決意でいた。ないと言われていたので、準備せずにいくことになった。プロ17年間、しっかり準備する気持ちだけは欠かさなかった。そこは譲れない部分だったので、カッとしてしまいました。ペナルティーは覚悟していました」引用:日刊スポーツ


松中は生き様を軽視されたと受けとめたようだ。

一時的に感情をコントロールできなくなり、チームマネージャーから優勝セレモニーに参加するよう説得されるも聞く耳を持てなかった。

この事件が、”ボイコット”と取られ、首脳陣から反逆行為と見なされたのであった。

たった一度の過ちが、積み重ねてきた「功績」を帳消しにしてしまったのである。


未だ現役続行でを目指す松中信彦選手。

この時期に他球団のオファーがまったくない現状を考えれば、おそらく事実上引退であろう。

不器用な生き方が選手生命だけでなく、指導者の道を閉ざす結果にならなければよいのだが・・・






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